第1回「ディスカッションを広めたい!Dコート開校までの苦節10年」【前編】

第1回は、創業時からのパートナーである㈱ビッグトゥリー仁田原と共にDコートの成り立ち、教育について語り合います。全く新しい教育プログラムの誕生秘話です。

株式会社ビッグトゥリー

代表取締役 髙柳 希

「ディスカッション好き」が高じて起業

株式会社ビッグトゥリー

取締役 仁田原 朋香

「ディスカッション苦手」が起業のきっかけに


~創業のきっかけ、ディスカッションイベントを開催~

ーー卒業してすぐに起業していますが、二人はなぜディスカッション教育をやろうと思ったんですか?

高柳:そもそものスタートは同じ大学の寮です。毎日が修学旅行風でしたね、誰かの部屋に集まって話す。最初は身近な恋人や友人の話だったものが、だんだんとTVのニュースなんかに広がっていきました。ほぼ毎日語り合っていましたが、そこでの発見が本当に多くて。

 

仁田原:毎日話してましたね。きっかけがありましたよね?その後、ディスカッションイベントをみんなで始めたんですよね。

 

高柳:選挙権について話してたときね。「私には選挙権がない」って友人に言われたことがあって、衝撃を受けたの。仲がいいのに知らない、そもそも選挙権の有無を考えたことがなくて。話すことによって“知る”“気づく”“興味”が生まれた瞬間でした。

これを機に「もっと色々な人と話したい、大学で語り合う場をつくろう!」ってスタートしたのが討論カフェ。

その最初のお客さんが仁田原さん(笑)

 

仁田原:行きましたね、第1回討論カフェ(笑)初めましてに近い人とも、身近なことから社会まで話せた、という感覚が楽しかったのを覚えています。

高柳:第1回でね、「人工呼吸を知らない人にできるか」ってテーマで、そのとき友達が「俺、講習行ってこういうの(マウスピース)持ってるよ」って財布から出したんです。みんな「そんなのあるんだ!」って、またここで知らないこと知ったでしょ。

この新しいものが生まれる感じ、これがもう感動で。討論カフェ続けなきゃって!って思いました。

それに「新聞読みはじめた」って声もあった。教授がいつも言ってることだけど、学生は分かっていても新聞を読まないんです。

それが、語り合って興味が沸いたら、人って自ら動くんだって。

“ディスカッション”は当時の私たちに「刺激」や「動機」などさまざまな影響を与えてくれました。

 

 

~大学で一念発起!からビジネス展開に苦戦~

ーーでもそこからすぐに「子どもたちへの教育!」とはならなかったんですよね?ターニングポイントは?

高柳:私はもともとディスカッションが好きで、高校時代からそういう環境には恵まれていました。大学に入ってよりディスカッションをいろんな価値観の人とできて面白かったのですが、「初めてディスカッションをした」って人が結構多かったんです。仁田原さんもその一人よね。

 

仁田原:そう、私はディスカッションに慣れてなかったからすごく苦労しました。

ゼミではディスカッションがあるけど意見交換ができない。自分はこれではいけないという危機感も持っていました。

あと、マンモス大学で何百、何千人の学生がいる中で、深い話をする相手はごくわずか。なんだかもったいなと思っていて。

自分の実感で、ディスカッションは必要だと感じました。

 

高柳:そもそもビジネス展開を考えていたわけではないんです、とにかく「ディスカッションいい!広めるぞ!広まったら日本が変わる!」という単純な思考でスタートしたんですよ(笑)

 

仁田原:当初いろんなところへディスカッションのプログラムを販売していました。高校や中学校で授業をさせていただいたときに、生徒の柔軟な考えや取り組み方に触れて、「学校からはじめよう!」と直感しました。学校の必須科目にしたい、と。でも現実はかなり厳しかったですね。

 

高柳:学校営業は門前払いで、全く相手にされなかったね。事業計画書には“中断”の文字が・・・そのときビッグトゥリーの株主がチャンスをくれました。株主は、思春期の親子関係に課題意識があり、「親子がディスカッションする旅行企画」をやってみないかと声をかけていただき、全6回開催しました。この経験は今のDコートへつながってます。

 

仁田原:それでもビジネスとしては難しく、企業研修の方が先に事業になりました。

研修にもディスカッションを活用していましたが、やはりディスカッションは子どものころから慣れないと、

という実感がありましたね。

遅い早いではないですが、建設的な対立や否定の経験が少なかったり、なにより目的や立場がはっきりしている分、自由度が下がります。

 

高柳:企業で行うディスカッションは問題解決や目標達成のためよね。若いときに哲学・社会・政治から人生まで、幅広く議論し視野を広げたり深めることが大切だと感じます。

~ディスカッションスクールDコートの誕生と挫折~

ーー2015年、晴れてDコートをつくりましたね。断念していたものをこの2015年でスタートさせたのなぜですか?

仁田原:2012年ごろから“ディスカッション塾”みたいな構想があったよね。

 

高柳:あったあった!懐かしいですね。

 

仁田原:構想を立てて、すぐに実行!ってわけではなかったよね。

 

高柳:やりたかったけどお金がなかったから。物件探しまでしてたけどね。とにかく頑張って、ちょっとだけ余裕ができたとき、念願の“ディスカッション専門の学びの場”をつくれたんだよね。それがここ(Dコート)です。

以前から文科省が打ち出していた教育改革が、その頃ニュースへも出始めて、大学入試が変わるというものです。資金面、時代の流れ、さらに上水君が入社して人員が増えたでしょ?

この3つ揃って、今だなって一気に着手しました。

ーー2015年、実際にDコートを開校してみてどうでしたか?

高柳:それはもう、散々(笑)最初は「世の中から求められてない!」って思った。

 

仁田原:え?そうかな?

 

高柳:そう!私50人来ると思ってたのに丸1年で1人。

これはもう一言でまとめると絶望、です。何に絶望したかって、自分がいいと思ってるものを誰もいいと思ってないという(笑)

 

仁田原:絶望ですか・・・(笑)

 

高柳:あと、「どんな子どもにしますか?」って質問が苦痛でした。「私たちが子どもをつくる、こんな人材に」という感覚は私にはありません。私は“共に”ディスカッションしたいんです。私たちが一影響にもなるし、彼らが私たちの一影響にもなる。

Dコートのコンセプトである“自分で自分を育む”は、どうなるかも分からない未来へ“自分で考える”“話し合う”ことを大切にしています。

 

仁田原:Dコートで学んだ結果どうなるか、の答えは打ち出してませんね。今の社会でそのコンセプトを誰も必要としていなかった、ということ?

 

高柳:そう、誰もね。ビジネスとして分かりにくいって言われても、認められなくても、私は「こういう子になります」とは言いたくない。そうしたら、一人しかこなかった。

私、もう一つショックだったのは、新聞3社、テレビ2社、メディアに取り上げられたのに、なんと問合せゼロ!まさに打ちひしがれましたね。

 

仁田原:「うちの子にこういう風になってほしい」この言葉って別におかしくないんですよ。誰でも言ってるし、違和感ないんですよね。そこへ対してDコートの考え方は確かに伝わりづらいと思います。でも、新しい視点なので私は絶望ではなくこれから!だと思いますよ。

 

高柳:「あなたは10年後が見えますか?」って問いたとしても誰にも分らないと思います。答えのない世界だからこそ、“共に考える”“ディスカッションする”ことが重要ではないでしょうか。

<次回 後編予告>

開校した当初生徒が一人、Dコートのスタートは厳しいものでした。後編では、Dコートと学校の違いやディスカッション教育についてのトークをご紹介します。 

 


日本初!中高生対象のディスカッションの教室「Dコート」

コミュニケーションが総合的に学べる教育プログラムです!

グローバル・政治・社会・哲学・自分・友だち、身近なことから社会のことまで幅広いテーマのディスカッションを通じて、豊かな視点や興味関心のアンテナを育みます!また、一人ひとりの個性を尊重し、「自分らしいコミュニケーション」を大切にしながら、総合的にコミュニケーション能力を高めることができます。これからの時代に必須のコミュニケーション能力をDコートで伸ばしませんか?